昭和五十七年五月二十七日 朝の御理解
信心の心得
一、真に難有と思ふ心直に霊験の始めなり。
一、神徳を受けよ人徳を得よ。
昨日は久留米の石橋先生の四十年の式年の霊祭りがあのように盛大に行われました。
先生が白扇に神徳、人徳とお書きになった扇子を偲び草に頂いたんですが、今日、又、頂く所が神徳、人徳。
神徳を受けよ、人徳を得よ、と云う事でしたが、確かに神徳を受けられ人徳を受けられた先生だ、と思いますね。
本当にお徳と云うものは、確かにあの世にも持って行け、この世にも残しておけれる、と云うが、確かにそうだ、とそういう実証をなされましたお方だと、こう思います。
昨日、最後に大牟田教会の先生がお話しを承わりましたが、誠に教養があふれ、教養がこぼれておるようなお話しでしたねえ。
やっぱり勉強しとかにゃならん、と思いましたが、先生のお話しの中に、先生が亡くなられて四十年間、久留米の教会にはこれでしまえる、と思われるような事が続いた、と云う事を話しておられましたね。
様々な事が事実ありましたよね。二代、三代の先生方の場合そうでしたがね。
今日、やっぱし、あのようにしてお教会が隆々としておかげ受けておられる、と云う事は、やはり親先生のお徳が残ってるんだな、と云うふうにお話になりました。
私も確かにそうだと思います。そして、昨日のお祭りを拝ませて頂いて思いました事は、いよいよもって合楽のお教会がおかげを頂いていかなければならん、と云う事も勿論ですけれども、合楽に御縁を頂いておる関係教会、又は、修行しておる先生方、又、合楽に御縁頂いておる皆さんが、いよいよもっておかげを受けなされなければならないなあ、これを実証していかなければダメだな、と。もう金光教は、久留米のあの流儀ではあれ以上は大きくなれません。 昨日のお祭りが最高です。お話しを承わりますと、ひい孫、やしゃ孫の所までお通知があっとったそうですね。
宮崎の竹内先生の家内である佳奈子先生のお父さん達も、ひい孫位に当たるんです。それがやっぱり見えとった、と云うのですからね。沢山な出社関係と云うものがあって、それが集まってあれだけですからね。
もう、あれが最高です。それがどういう事かと云うと、皆さんも聞きなさったと思うけども、何人もの先生がお祝詞で石橋先生が御用の人であったから、先生御自身がお徳を受けられた、と云うような事を云われましたね。これは間違いです。もう口を開けば御用御用、御用すりゃ徳を受ける、久留米でも大変な御用頂いた方達が私が知っとる限りでも沢山ありましたよ。
調子のよか時どんどん御用頂いた方達が、繁昌につながっていないでしょうが、決して御用で徳を受ける、ち、云うのぢゃないです。 これは、私はそういう意味あいでも合楽で云われる、合楽理念によるところの助かり、と云う事が、いかに金光教の真髄のものであり、又、お徳を受けていく為には御理念によらなければいけないかと。
久留米の先生のお言葉の中に残っておりますね。天地神命に不足は云わずと、信心辛抱と。
只、信心辛抱がね、歯をくいしばってではなくて、天地神命に不足は云わない所に受けて行かれるうちに昨日も申しますように、もう辛抱が辛抱でない有難いものになっておったと、それが久留米のお徳です。
御用なさったからぢゃない。
御用はね、例えば皆さんがさせてもらわずにはおられん、と云ったような意味のお話しを近藤先生もなさっておられましたですね。 これは或る時、私に三井教会の関係の先生が、大坪先生あなたは大変な御用がおできになられとるそうですが、どういう心掛けで御用なさいますか、ち、尋ねられた事がありましたけども、私は面食らいました。
それこそ止むに止まれん、と云うものでもなからなければ、せにゃなんから、と云うものでもない、これはもう当然の事として善導寺に対する御用が出来よるとですよ。
しかも善導寺と私の関係のある限り、それこそ合楽で出来るだけの御用がね、いざ何かと云う時に出来ない事もあるであろう。
これは私一代ではないね、これだけは子にも孫にも云い伝えとかなければならない。
例えば、私が御用が出来たと云うてもね、それは云うならば借金の利払いにも足りない位の事ですね。
ですから御用が出来とるとか、お徳受けなんならんからと、云ったようなもんぢゃなくて、これはもう親と子ですから当然の事でしょうもん。例えば、子供がいざ何か大金がいるとして、そのお金を三井教会で借りるとしますなら、よし、その金は私がおかげ頂きましょう、と云う事になるのですから、当然の事でしょうが。親の所に子共が、だからそこには条件もなからなければね、どういう心掛け、と云う事もないのです。
当然の事を当たり前にさせて頂いてるだけの事ですから、石橋先生あたりもそうぢゃなかったでしょうかね。
その芯をなすものは信心辛抱の徳であろう、同時にその信心辛抱の内容と云うものが。
天地神命の不足は云わず。
いよいよ寛大になる、大空のようなお方であった、と云われておりますが、それこそ大空のような寛大なお心がね、合楽で云われる成行そのものをね、不足も云わずに受けて、受ける為には少しは辛抱もいられただろうけれども、此処が信心辛抱と思うてお受けになられた所に、あの大徳があったと思いますから、そこに気付き、そこを久留米関係の人達が真似するように頂けるようにならなければ、もう久留米の御比礼はあれだけだと思うですね。
兎に角ね、成程私共もそれにやっぱ乗せられた、と云うとちょっと語弊がありますけれど、御用すりゃ助かる、御用すりゃ助かる、と信者時代に本当に手一杯で出けん御用も、それこそない袖の下を振りながらさして頂いたものです。ところがそれでは本当、おかげは受けられなかったです。
久留米が八十年と云う長い歴史をもっておられる間に御用頂いた有名な信者は沢山ありましたけれども、今に残っていないでしょうがね。
久留米の御比礼は御用で徳を受けられたんぢゃない、御用は勿論沢山なさった、けれどもそれは本部の事、親教会の事等、当然の事としてなさったんだと思う。
お徳を受けられたのは何といっても、あの豊かな寛大なお心が育っていかれた事、それは云うならば信心辛抱。
その信心辛抱の焦点がどこにおかれたか、と云うとね、天地神命に不足は云わずと云う所にあったんだ、と云うふうに私は思いました。
そしてあのお祭りを頂いて思うた事は、いよいよ合楽がおかげを受けなければならんな、それは合楽教会が大きくなりさえすりゃよいと云うのぢゃなくて、合楽に御縁を頂いておる皆さんの一人一人がね、私が云う御理念によるところのおかげお徳を受けなければね、今、これは久留米教会だけぢゃありませんけれども、教団全体に云えれる事だと思うですね。
例えば、御用が信心、と云ったような在り方がね、いかにもそれが誠しやかに本当の事のように説かれとる間はですね、もう金光教もこれまでです。
金光教は限りない、教祖金光大神が教えておられるお教えと云うものは、限りなく広がっていけれる内容をもっているのです。
それは何処までもやはり天地の心を心とする以外ないですね。
私は、その神徳、人徳と云う事でも昨日白扇に忍び草に頂いた石橋先生のお書きになったものを見せて頂き、又、今日此処を頂いて、石橋先生がどういう所からあの神徳、人徳をお受けになったのであろうか、それは私は寛大な心であると思います。
その寛大な心はどうして育ったかと云うと、やはり信心辛抱であったと、信心辛抱の焦点がよかった、間違いなかったんですね。
すべての事に天地神命の事に不足は云わん、と云うような生き方になられたからです。
だから先生のお教えと云うものはたくさんは残っておりません、それこそ合楽で云われる黙って治める生き方をなさったからだ、と思いますね。
そこに間違いの無いお徳を受けられる受け方を合楽では実証しておるのですから、私だけが、合楽教会だけがそれでおかげを頂いていく、と云う事ではいけんでしょうが。
合楽を見て下さい、ではなくて合楽の信者の一人一人を見て下さい、と云う事にならんとね、これが声を大にして云えないのですね。 或る先生によれば、合楽教会はふがよか、ち、こう云いなさる、だからふがよか、になってしまいますよね。
ところが合楽教会に御縁頂いておる皆さんの一人一人がね、御理念によって徳を受け、御理念によっておかげを頂いておいでられる事によってですね、御理念を大きく実顕実証をしてね、声を大にして御理念の有難さ、お道の信心の真髄は此処にある、と云うふうに云えれるんですね。
真に難有と思う心真に霊験の始め、とね。
真に難有と思う心がどこから生まれたか、これは私と親教会の場合もそうですが、さあ記念祭、と云う時には私は合楽なりに存分の御用をさして頂いております。
それはひとっつも条件はありません。もう当然の事としてさして頂いとるんですね。当然の事として出来る、と云う事は有難い事だなあと思うんですねぇ。
何十年前、御大祭を拝ましてもらう時に、三井教会はお三宝が二十五台でしたが、そのお三宝を一人ででもおかげ頂きたいなあ、おかげ頂けるようになりたいなあ、とどの位思うた事か知れません。 けれどもなかなか出来なかった。残念だったね。でもそれが出来るようになったのですから、こんな有難い事はない。
これが条件もなければね、当然の事としてこれが出来れる、と云う事は有難い。それが私には真に有難いのではないでしょうか。
久留米でもそうだと思いますね。それこそ当然の御用すりゃ助かる、と云ったようなものぢゃなくて、そういう条件も何もない、これが出来る、と云う事は有難い、と感じておられたのではなかろうか、久留米の初代はね。
そういう真の難有と云う心が人が助かる元にもなり、又は御自身としては神徳、人徳をいよいよ輝かしいものにしておいでられてあったと云う事です。
それを私共、云うならば久留米関係の方達は頂き違えておるのぢゃないかと思います。
初代は御用が出来られたからお徳を受けられた、口を開けば御用御用と、どの先生でも云われました。お祝詞でもそれを云われました。そげなこっちゃないってね。
これは合楽教会だけが大きくなっていく、と云うのではなくて、合楽教会に御縁を頂いておる皆さんの一人一人がね、御理念による助かり、御理念によるお徳を受けていって初めて合楽理念を世に問う事が出来る時だ、と云うふうに思うです。しっかり頑張って下さいね。
もう一切をね、御理念によらなければ出けん、と云う思い込みとそれを実顕実証なされなきゃだめですね。
今こういう事を久留米関係の方達が聞かれたらね、それこそ大変な事でしょうねぇ、けれども私が云っておる事が、成程これは大坪が云ってる事がほんなことだ、と気付かれた時が、いよいよ久留米教会の本当の御比礼であり、初代の御意志、お心をいよいよお心とする時である、と云うふうに私は確信します。
「どうぞ」